バナナはおやつに入るか論争に終止符。

2023年、5月12日、最高裁判所第四小法廷で、長年に渡る論争に終止符を打つ、歴史的な判決が下された。
「主文、バナナは甘くておいしい食べ物とする」
裁判官が判決を口にした瞬間、傍聴席にいた「バナナはおやつ派」の原告団からはどっとため息が漏れ、今回被告側に立たされていたフィリピン・サン・バナナ氏の支援者(バナナはデザート派)からは、嗚咽の混じった苦悶の声が聞かれた。
「これから、判決理由を述べますので、被告人は証言台の前に立って下さい」
裁判官が続けてそう言うと、裁判所内は水を打ったように静かになった。証言台に立ったバナナは、この予想外の判決に大きく肩を落としてしまった様子で、しばらくは下を向いたまま皮を剥いていた。
判決理由要旨
本件は、被告人フィリピン・サン・バナナが、チョコバナナパフェの上に盛り付けられた際に、声高に「俺はデザートだ!」と叫んだことにより、原告「バナナはおやつ派」が精神的苦痛を受けたとして、被告に発言の撤回と、バナナはおやつである旨の広告掲載を求めたものである。
ただし本件では、被告人フィリピン・サン・バナナが、「俺はデザートだ!」と叫んだことに対しての当事者間の争いはない。争点となるのは、今回の被告人の発言が、原告に対して精神的苦痛を与える程度のものであったのかという点と、バナナがおやつ、デザートのいずれに属するのかという点である。
これについて原告側は、小学校時代の担当教諭にバナナの購入費をおやつの費用として計上された苦い経験から、バナナはおやつに該当する旨主張し、一方被告側は、バナナは形式上、果物に分類されているという社会事実から、デザートに該当する旨の主張をしている。
これら双方の主張を公正に吟味した結果、当裁判所は以下の理由により、主文のような判決をするに到った。
原告側の主張「過去にバナナはおやつだった」について
まず、原告側弁護人による「過去にバナナはおやつの予算として計上されていた」という主張についてであるが、これについては、あくまで各学校及び担当教諭の判断に基づくものであり、慣例として社会的に当然に認められているものではないと解するのが、相当である。
ことに国際化が進んだ現代日本においては、その文化的背景から、焼きバナナをおかずの一品として出す家庭も増えてきている。
よって、原告側弁護人の主張は、バナナがおやつに認定されるべき、理由としての前提を欠いていると、言わなければならない。
ただし、原告側の平均年齢から推察すると、当時の時代背景としてバナナが高級品であったという社会的事実もあり、その並々ならぬ怒りの感情そのものには、一定の理解を示すことが出来る。
そのため当裁判所では本件での主張に対し、幾分の情状酌量の余地までもを否定するつもりはない。これらの情状面を考慮し、原告側に有利な判決を下すのも、社会通念上は容認されるべきものである。
しかしながら、個別の事情を考慮せず、これを当然に容認してしまっては、長い時代を生きてきた人間のみ主張が認められる社会になってしまう恐れがある。いつまでも過去の社会的、経済的、基準に捉われていては、現代の価値判断の成長は見込めない。














